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動物実験処置の苦痛分類に関する解説
■ はじめに
生命科学研究に動物実験は不可欠であるが同時に動物福祉の面からも適正な動物実験が実施されなければならない。今日,適正な動物実験の実施のため3Rの原則が確立されている。3Rの原則は,Russell & Burchによって1959年に提唱されたもので,動物実験の実施に際してReplacement(動物実験の他手段への置換),Reduction(使用動物数の削減),およびRefinement(麻酔,鎮痛剤の使用や実験技術・精度の向上による動物が受ける苦痛の軽減)のそれぞれRで始まる語に代表されることがらに十分配慮して動物実験を実施しようとするものである。すなわち,3Rの原則に則って動物実験を実施することが適正な動物実験実施につながるのである。
この中で,Refinementを検討するためには動物実験処置によって動物が受ける苦痛についての判断基準の検討が必要である。このため,1979年,動物実験処置に関する苦痛分類,Swedish Classification of Research Experimentsがスウェーデンで作成された。その後,北米の科学者の集まりであるScientists Center for Animal Welfare (SCAW)がスウェーデンの分類表をもとにCategories of Biomedical Experiments Based on Increasing Ethical Concerns for Non-human Speciesを作成した。このSCAWの苦痛分類は,「動物実験委員会の果たすべき役割に関する提言」(Laboratory Animal Science - Special Issue : 11-13, 1987)にも掲載されたことから,広く知られている。また,米国ではInstitute for Laboratory Animal Research( ILAR)がGuide to Types of Experiments That Are Considered Painful or StressfulをRecognition and Alleviation of Pain and Distress in Laboratory Animals (1992)のなかで紹介している。さらに米国農務省(USDA)も独自に分類を作成している。
しかし,SCAW, ILARおよびUSDAの分類の間には互いにいくつかの相違点がある。すなわち,SCAWの分類には対象動物として齧歯類,鳥類が含まれるが,USDAの分類ではそれらが含まれていない。また、SCAWの分類ではカテゴリーEの処置は禁止されているが,USDAの分類ではSCAWのカテゴリーEに相当する処置も実施可能である。このため,米国の多くの研究機関はSCAWの分類とILARの分類さらにUSDAの分類をもとに独自の苦痛分類表を作成し,自主的に遵守している。さらに,SCAWおよび ILARの分類はともに法的拘束力を持たないが, USDAの分類では,動物実験に使われた動物数の毎年の報告が義務とされている。米国以外では,カナダのカナダ動物管理協会(CCAC),またニュージーランドでは農務省(MAF)がSCAWの苦痛分類を修正した苦痛のカテゴリーを作成し,実験者が実験計画を作成する場合,実験処置がどの分類に属し,実施に際してはどのような対処をすべきかを判断する場合の参考資料としている。しかし,それらの分類を比較すると,同じ処置であっても分類の区分に違いが見られる。苦痛の分類方法に関して世界的に統一したものを作るという動きもみられたが,国による規制状況の違いや,国民性の違いにより,現状では困難であると結論されている。
わが国では統一された苦痛分類はないが,SCAWの苦痛分類に準拠しつつ各研究機関がそれぞれの状況に合わせた苦痛分類表を作成し,活用している例が多い。これは,久原(1990年)によってSCAWの和訳が紹介され1),また,それに基本的に準拠した分類の提案(2002年)2)や研究きゅう開委員会2000年12月に国立大学医学部長会議第8小委員会からSCAWの苦痛分類が一例として紹介されたことが関係していると思われる。一般に,動物実験における苦痛の評価は,動物が被る苦痛と研究成果とのバランスの観点から実験者自身が行い,さらにその妥当性を動物実験委員会が判断すべきでものである。しかし,さまざまな動物種への多様な実験処置に対する苦痛の程度を一律に分類・評価することは極めて困難である。
ここでは一資料としてSCAWの苦痛分類の解説を行い,一部既報の和訳についても変更を加えた。この資料の目的は,実験者自身が実験処置によって動物が受ける苦痛の程度を自己評価し,動物の受ける苦痛について理解を深めること,及び動物実験委員会が実験計画の審査の上で苦痛の程度を評価する際の参考とすることである。近年,動物実験の方法や周辺科学領域の発展から,苦痛分類の判断に苦慮する処置例も少なくない。このため,特に,カテゴリー CとDの実験処置については判断のための概念的説明にとどめたものもある。言うまでもなく,苦痛分類についての判断は科学や社会の発展に伴い見直され,その時代ごとに適正なものにされなければならない。本資料が適正な動物実験実施の一助になれば幸いである。
1):動物委員会および動物実験計画(プロトコール)審査システム 久原孝俊 アニテックス 第2巻5号 16-31 (1990).
2):苦痛による生命科学実験分類 黒澤努,大谷若菜。Altern. Animal. Test. Experiment. 8(3-4), 113-121 (2002).
倫理基準による医学生物学実験処置に関する分類
■ SCAWのカテゴリーA:
生物個体を用いない実験あるいは植物,細菌,原虫,又は無脊椎動物を用いた実験。
Experiments involving either no living materials or use of plants, bacteria, protozoa, or invertebrate animal species。
生化学的研究,植物学的研究,細菌学的研究,微生物学的研究,無脊椎動物を用いた研究,組織培養,剖検により得られた組織を用いた研究,屠場から得られた組織を用いた研究(解説1)。発育鶏卵を用いた研究(解説2)。無脊椎動物も神経系を持っており,刺激に反応する。従って無脊椎動物も人道的に扱われなければならない。
Biochemical, botanical, bacteriological, microbiological, or invertebrate animal studies, tissue cultures, studies on tissues obtained from autopsy or from slaughterhouse, studies on embryonated eggs. Invertebrate animals have nervous systems and respond to noxious stimuli, and therefore must also be treated humanely.
(解説1)生化学的研究,植物学的研究,細菌学的研究,微生物学的研究,無脊椎動物を用いた研究,組織培養,剖検により得られた組織を用いた研究,屠場から得られた組織を用いた研究。
動物実験を規制するわが国の法律では,規制対象動物を爬虫類以上としている。そのためこれらの研究に関する実験計画書は動物実験委員会の審査対象外である。しかし,動物福祉の観点からは動物実験に代わる代替法を考慮する必要があり,もし動物を用いずに実験目的を達成できる場合には,これらの方法を考慮すべきである。また,他の研究者が実験に用いた安楽死後の動物の器官や組織を共有することは,動物の使用数を減らすことにつながるので望ましい。
(解説2)発育鶏卵を用いた研究。
発育鶏卵を使用する場合には,もし孵化が実験に必要でないならば,卵は孵化の前に破壊されなければならない。孵化させる場合には苦痛のカテゴリーはB以上となる。
なお,胎児の実験についてはSCAWの分類に記されていないが,胎児の苦痛やストレスについては判断の分かれるところである。イギリスのAnimals (Scientific Procedures) Act 1986では妊娠期間の半分を越えた場合,動物個体として同等に扱っている。
■ SCAWのカテゴリーB:
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